2005年7月12日(火)
1979年 Electric Magic Orchestra
「Freeway Jam」でバンドの楽しさにハマり、翌年には、友人がやっているもう一つのバンドにも参加、1979~1980年はこのバンドで活動します。バンド名は、
「Electric Magic Orchestra」
_| ̄|○
その通りです。当時、YMO(Yellow Magic Orchestra)が流行ってました。でも、演っていたのは Deep Perple と Rainbowで、確かこんな曲たちでした。
・Deep Purple 「Burn」
・Deep Purple 「Highway Star」
・Rainbow 「All Night Long」
・Rainbow 「Since You've Been Gone」
・Rainbow 「Lost in Hollywood」
これを見ると、エディーのテーピングをしたベースがよくわかります。何やってんだか・・・このバンドで印象的だったのは、真ん中の彼のリッチーのモロコピー。うまかったです。ギターをアンプにこすりつけたり、足で踏みつけたりと大忙し。ジュンヤ君、今どうしてるのかな・・・

これはライブの告知チラシ。拡大するとわかりますが、入場料 200円。泣けます・・・
この頃、聴いていたのは、やはり Rainbow、Deep Purpleでした。HR/HMの王道と言えば王道でしたが、オシャレ系(?)の QUEEN や Led Zeppelinよりも、Rainbow、Deep Purple、Acceptのベタベタ系が好きでしたね・・・この時期は、明らかに洋楽、様式美系でした。この後、様々な変遷を経て、よりディープな世界にドップリとつかっていくのでした・・・
2005.07.12 00:24 | プロフィール | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2005年7月11日(月)
1978年 Freeway Jam
「Kill the King」で、まんまと友人の意図に乗り、バンドへの興味が沸いてきます。そこで、友人が「ギターやってるんだよね? うち、ベースがいないんで、やってくれない?」 ま、友人は最初からそれが狙いだったと思いますが(笑)、二つ返事でベース担当に。歴史上、ギターをやっていた時代の方が長かったですが、現在は、最初に担当したベースに戻っているのもまた一興です。そして参加したバンドが
「Freeway Jam」
バンド名は、Jeff Beckの曲から付けたとのことで、バンドのメインは HR/HMではありませんでした。それでも、楽器を弾いてバンド活動をやる魅力にハマり、ライブは2回ほどやった記憶があります。演奏していた曲は、
・Jeff Beck 「Freeway Jam」 (バンド名通り。シブめ)
・Led Zeppelin 「Rock and Roll」 (当時としてはかなりハード)
・Led Zeppelin 「Stairway to Heaven」 (定番だったかも)
・BOWWOW 「Signal Fire」 (いきなりジャパメタハード路線)
・Creation 「Spinning Toe Hold」 (ハード寄り。すごい選曲)
だったかな・・・そして、他校の文化祭にも進出します(写真)。
一番右のベースをよく見ると・・・ヴァン・ヘイレンかよ・・・_| ̄|○
当時「炎の導火線」、「伝説の爆撃機」が流行っていたヴァン・ヘイレンの、エディーのギターと寸分違わぬテーピングをベースに張るか・・・_| ̄|○ しかもこれ、メジャーになる「赤白」の前の「黄黒」・・・(復刻版の写真はこちら) テレキャスター・ベースにエディのテーピングをするという無謀さは、この頃から人と違ったことをやりたいという気性が見え隠れします。
そして、この後、この友人がやっているもう一つのバンド(HR/HM)で、本格的にメタルの道を歩み始めるのでした。
2005.07.11 01:48 | プロフィール | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2005年6月20日(月)
1977年 「DNAスイッチオン」
これからボチボチと不定期に、自分なりの整理も含めて、自分の音楽遍歴をたどって行こうと思います。このところ、柊生元帥の影響で、「時間」、「過去」に興味が行っていて、自分が現在から過去を見た時、何が作り出されるかを見てみたくなったのである! 記憶が曖昧で時期が合わなかったりするかもしれませんが、それはご愛嬌ということで。プロフィールも今は寂しい内容になっているので、反映していこうかなと思います。
まずは、音楽とヘビメタの世界に入り込むきっかけになった運命のできごとから。中学1年の時、フォークギターを買ってもらいましたが、その時点ではそれほど音楽に思い入れはなく、流行もあって弾いていたように思います。そして、翌年、運命の 1977年、中学2年の文化祭で、友人が「うちのバンド、演奏するから見に来いよー」ということで、校庭のステージを見に行きました。やっていた曲は Rainbowの何かだったのですが、そこで聞いていた時は、うるさくてうるさくてどんな曲かは全然わかりませんでした。ステージが終わった後、「どうだった?」と聞かれ、「全然わかんない・・・」と答えると、その友人が、「じゃ、これ貸してやるから聴いてみなよ」と渡されたのが、

「Long Live Rock & Roll / Rainbow」 (邦題:「バビロンの城門 / レインボー」)
「B面の 1曲目がいいから、それから聴いてみなよ」と言われます(当時はLPだったので、A面、B面は当たり前)。その B面の 1曲目が運命を変えることになる「Kill the King」。それまで、ハードロックらしい音楽は全く聴いたことはありませんでした。「ふーん」と答えて家に帰り、ステレオにLPをセット、ヘッドホンをして B面の 1曲目に針を落とし・・・
「ジャーン(タララ タララ タララ・・・)」
と、ハードロックの王道らしい、フィルインとギターのハモリが流れた瞬間、全身に鳥肌がぶぁー!完全に頭に血が昇り、自分の中の何かが始動したことがわかりました。それは、たぶん2秒くらいの間の出来事だったと思います。強烈な衝撃でした。その2秒が過ぎ、曲が終わるまで金縛りで、何もすることもできませんでした。今思えば、2秒間でメロディがいいとか音がいいとか、そういう論理的な面で判断できるわけはありません。たぶんそれは理屈ではなく、文字通り、遺伝子(DNA)を直撃したために、それだけの衝撃を受けたのだと、今でも思っています。
そしてその衝撃の後、14歳のうら若き少年は「ヘビーメタル」としての人生を全うすること、それが彼の最大の使命となり、裏街道を邁進していくのでした(笑)。
2005.06.20 00:05 | プロフィール | この記事 | コメント (1) | トラックバック (0)








