2004年9月30日(木)
組曲「義経」~悪忌判官
発売からちょっと遅くなりましたが、陰陽座の新譜買って来ました! 曲は言うまでもなく最高。超「陰陽座」らしさ炸裂です。まだ初回版だったらしく、ポスターと「もし陰陽座が源氏キャラだったら」という、招鬼氏画の4コマ漫画製作キット(?)がついてました。このキット、3部作揃えると完成するんだろうな。



・組曲「義経」~悪忌判官
瞬火氏曰く「これまでの曲の中で最も歌詞がわかりやすい」曲だそうです。ミドルテンポのメタル・リフから始まって、瞬火氏・黒猫様のツインボーカルがバシバシ決まり、これぞ陰陽座! メロディーラインはどちらかというとポップ系です。途中で黒猫様のゆったりしたボーカルと、ツインギターのハモリで締めて、陰陽座の要素フルサ-ビス!てな感じです。それにしても、瞬火氏の曲作りはすごいなぁ・・・明らかにメタル以外のセンスを持ったメロディと、バリバリのメタルのリフをつけ、変態的なコ-ド進行を絡ませ、泣きのツインボーカルを乗せて、ツインギターのハモリ、デス声コーラスで、これぞ陰陽座・・・ですが、わかっていてもこんな曲書けないです・・・この曲、ライブでやってもめちゃ盛り上がるだろうなぁ・・・
・微睡忍法帖
いつもの忍法帖シリーズか?と思ったら、黒猫様のしっとりポップバラードでした。聴き惚れ~。でも、歌詞は結構シビアかも。
組曲「義経」は、このシングルを含めて3ヶ月連続で3曲シングルを出し、3曲で組曲が完成するそうです。楽しみ!
2004.09.30 23:59 | 陰陽座 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月29日(水)
ヘビーメタル品質
月曜から3日間続いた研修(コレです)がようやく終わり、資格をゲットしました。疲れました
「経営品質アセスメントコース:グレード3を持っているヘビメタ野郎」
になれたことです。もし、他にもグレード3を持っているヘビメタ野郎、ヘビメタ淑女がいたら、カモン、トラックバック!
2004.09.29 22:11 | 日記 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月25日(土)
稟議・購入・検収完
「新PCを画策」で書きましたが、ついに新PC到着、導入完了! 新PCでの初投稿です。モノは DELL。会社で使っているのも DELLで、何で同じものを、と思われるかもしれませんが、自分的には、DELLの「何にも付いていない感」が好きでした。普通に店頭で売っているPCは、最近流行の「テレビキャプチャ!」とか「DVD二層書き込み!」とか「大きなお世話的簡単ソフトのてんこ盛り!」とかゴテゴテしてるのが嫌で、「OSのみ」という恐ろしくシンプルな商品に心をひかれた私です。必要なものは後で自分でヤリマス。自作PCの道もあるのですが、どう考えてもこの DELLの構成より安くあげるのは不可能でした。それくらい安かった・・・
一番驚いたのは静かなことです。今までは「ブオー」とファンがうなりまくり、熱風をガンガン出してました。冬は暖房替わりにもなるのですが、夏は地獄でした・・・ これからは落ち着いて静かなPC生活が送れそうです。

17インチLCDは広い! 横には今まで使っていたナナオの17インチCRT。

机の下に設置された本体。横には今まで使っていたアキア(これも相当マニアックだと自負)。CDとDVDドライブを入れ替えたので、色が交互になっているのもまた一興。
2004.09.25 23:55 | 日記 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月24日(金)
熱かった、そして今でも熱い時代
Joさんの blogに昔のメタル話が続いてる・・・
私は今まで二人の仲人しかしていない。 ・・・ 最初は”ジョイル リー”君でしたね。
ジョイル・リーさんは入社した課にいた直接の先輩で、それまで私が出会ったことのない「センス」の持ち主で、衝撃を受けたことを今でも覚えています。リーさんのようになりたい、と思っていましたが、とても無理だ、ということを悟り、我が道をなんとか創り出して、現在に至っています。でも、喧嘩をするところは似てるかもしれません。
もう一人は、繊細な技術屋でしたね。秀才でしたが、”ヘビメタ”で化粧をして激しい音楽の世界の顔を持つ人間でした。潔癖症で、普段おとなしいけれど、仕事場で正義を踏みにじる野郎がいると、激しい喧嘩をやる。
秀才かどうかはかなり疑問ですが、喧嘩するのは全く変わっていません・・・今の会社でも、H部長という良き喧嘩相手がいて、彼とは怒鳴り合いの喧嘩をするのが日常茶飯事です。部下達が何事かとと思うくらい、ひとしきり喧嘩をした後チャイムが鳴り、「じゃ、飯いくか」と連れ立って出て行く姿は異様な光景に映っていたでしょう。最近は仕事的に少し離れてしまったので、なかなか喧嘩できないのが寂しいんですが・・・
最近は、仕事としては技術屋ではなくなり、秀才(?)部分は若い人達の方がずっと上ですが、ヘビメタと喧嘩だけは、それが「我が人生」と、熱い魂を持ち続けています。
2004.09.24 14:44 | 日記 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2002年11月15日「怪奇骨董音楽匣」
場所は前回と同じく 渋谷 ON AIR WEST。前回に続きC嬢と、今回から参戦した新人式神のY嬢との3人組での参戦です。

今回は「ジェラルド」との2マンライブ。ジェラルドは、あの日本が誇るプログレバンド「NOVELA」の中心人物だった永川敏郎率いる超絶技巧プログレバンドです。(NOVELAは これ 持ってます。LPだけど・・・)
まずはジェラルドの演奏からスタートです。さすがプログレ、全くノレない(笑)。でも、演奏超スゴイ。永川氏も「みんな、もっとノリたいと思ってるだろうけど・・・ゼーッタイ無理(笑)」と煽る(?)。ジェラルドのライブを見たのは初めてだったんですが、何がスゴイって、ドラムの後藤マスヒロ氏(この時は、「人間椅子」のドラマーでもありました)の行動が尋常じゃない。え、それ、ドラマーの動作じゃないでしょ?それ、なんかヘンでしょ?と思いつつ、目は釘付け。今、後藤氏はジェラルドも人間椅子も脱退しており、今は「ARSNOVA」というプログレバンドにいます。
超絶プログレに圧倒されて数曲、永川氏が「みんな、陰陽座早く見たいんでしょ?(笑)ジェラルドはあと一曲です。でも、一曲が長いけどね(笑)」とまた煽る。確かに長い(笑)。でも、長さを感じさせないほど圧倒されました。何より、もう40歳を過ぎたであろう永川氏が、達観して、自分の好きな音楽を楽しんでいる感じが伝わってきて、なんだかあったかい気持ちになりました。
さて、ジェラルドの長い曲が終わり、いよいよ陰陽座の登場です。いつものようにローディが楽器の音合わせを、と思ったら・・・やっぱり本人だ・・・音合わせも頑張ってください! メンバーは一度ステージから下がり、照明が落ちて、シンセと琴の音色のSEが・・・そして狩姦氏のソロ! ハイスピードナンバー「羅刹」で幕開け!会場は一発目から爆発!一曲目が終わると、瞬火氏がいつものように「妖怪ヘヴィメタルバンド陰陽座でぇぇす!」。続けて「みんな、ジェラルド見た?スゴイでしょ? でも、うちの方がテンポとりやすいよ!」とジェラルドに対抗したりしてました。
そして三曲目が終わったところで恒例の「祟りのコーナー」。今回の祟りは、狩姦氏の「パッツンが乱れてます」と、式神なら誰もが知っている「杉良タイヤ盗難事件」(杉良とは、陰陽座のメンバーが移動する機材車の名前)。その事件とは・・・
翌日に東京でのPV撮影を控えた瞬火氏が、移動するための手段である「杉良」のところに来てみると、なんと、右前輪のホイールとタイヤが丸ごと盗まれていたそうです!呆然とする瞬火氏でしたが、幸い JAF会員だったということで(笑)、連絡したところ、瞬火氏曰く「無駄に情熱的な方」が夜中に駆けつけ、「明日の朝でいいです」という瞬火氏を置いてきぼりにして「今すぐやります!すぐ終わります!」とタイヤ交換を敢行、深夜寒空で2時間の間、タイヤ交換を見学していた瞬火氏は、ばっちり風邪を引き、PVの撮影は高熱にうなされながら行ったそうです。これぞまさに祟り・・・
楽しいMCの時間も終わり、立て続けに3曲。招鬼氏のデス声が素敵な「牛鬼祀り」も。かっこいいなー。そしてさらに次のMCへ。ここでは次のマキシングル「妖花忍法帖」とアルバム「鳳翼麟瞳」の紹介。瞬火氏曰く、妖花忍法帖は「うふっ」て感じの曲、「鳳翼麟瞳」は「あはっ」って感じだそうです。そうなのか・・・うふっ、で、あはっ、なのか・・・
そして、今日は2マンということもあり、ちょっと短めで「あと3曲でーす」のコールに、会場から「え~~~!!」。それに答える瞬火氏「時間ないけど、3曲できるんだから! ジェラルドさんならもう終わってるんだから!! 曲短いからいっぱいできるんだから!!」とフォロー。そして怒涛の3連発で会場も超盛り上がり、アンコールで「魂の綱引き」である「がいながてや」。今回も例によって2階席をイジる瞬火氏。今回は2階席も掛け声が出ていて、瞬火氏「涙が出そうです・・・嘘です!」とオトしていました。そして最後に「素晴らしい演奏をしてくださったジェラルドさんにもう一度拍手を!!」との瞬火氏の言葉に会場から拍手拍手。今回は、時間はちょっと短かったものの、ジェラルドの貴重な演奏も見れたし、相変わらず冴えたMCを演奏で大満足のライブでした。
そして、今回から参戦した新人式神のY嬢が、これ以降の東京近辺のライブにフル参戦することになるとは、誰が予想できたでしょうか・・・
2002年11月15日「怪奇骨董音楽匣」セットリスト:
1 羅刹
2 化外忍法帖
3 百の鬼が夜を行く
4 牛鬼祀り
5 煌
6 月に叢雲花に風
7 浸食輪廻
8 火車の轍
9 おらびなはい
10 がいながてや(アンコール)
2004.09.24 00:24 | 陰陽座 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月23日(木)
上半期カタカナ大賞
今年度上半期に、日本で一番使われた「カタカナ一文字」は・・・
「ペ」
でしょう。
2004.09.23 18:23 | 日記 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月21日(火)
新百合ケ丘時代
入社当時の上司で、その後もずっとお世話になっており、仲人でもあるJoさんの blogについにデビュー!?
私は自分の主張と会社の方針が異なり、突然に部長職を解任された。私は電話を取り上げ友人の梅安さんに電話を入れた。”梅安さん、悪いけど隣に明日から俺の席とあつかましいけど、部下のメタルの為に席を用意してくれんか?” 突然の電話に彼は当惑した。
次の日はもう新百合の彼の事務所に私と部下1名はいた。世に言う野に下るである。
はい。部下のメタルです。
以前から、Joさんには「私の身は Joさんに預けます」とお伝えしていました。この時も「行くか?」「はい」の二つ返事で、翌日から新百合ケ丘の事務所に移っていたという、今考えるとなかなかスゴイ展開でした。新百合ケ丘では、本当にやりたいと思ったことを思う存分やらせていただけましたし、ソフトだけでなく、ハードについても色々勉強できました。会社人生のリフレッシュ期間のような感じで、今考えれば、本当にあって良かった期間だったと思います。
そして1年後、Joさんは本社に請われ、戻りましたが、その時、
数日後、私は副社長の部屋に呼ばれた。君は明日から本部長格である、当社の社運をかけた極秘のプロジェクトを任すと言われた。
ということがあったんですね。そして数ヶ月後、Joさんから連絡が入りました。「あー、メタルくん、ちょっと手伝ってくれんか」「はい」と、この時も二つ返事で本社に復帰し、
古河さんが総指揮をとり通信部隊、デイスク部隊、OS開発部隊、システム開発部隊、コンピュータ開発部隊が集結し一大プロジェクトが船出した。まず、世界で最初に中野CATV局を使い中野でブロードバンドによるVODと広帯域インターネットを家庭にサービスしよう。私は通信路を除く全ての開発の責任者として古河さんの下で指揮をとった。
というプロジェクトの中、インターネット・アプリケーション部分を担当し、FM-Towns時代に続く「世界で初めて何かやる」に向けた地獄の、そしてかけがえのない日々がスタートしたのでした。
<追記 2004.9.24>
Joさん blog の追記に反応しました → ココ
2004.09.21 10:33 | 日記 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2002年8月17日「彼の岸喚ぶは夏狂言」
というわけで、ついに陰陽座と初対面。ライブレビューとは言え、曲や演奏は言葉で伝えるのは難しいと思うので、陰陽座の人となりが見えるような(私が共鳴しているような)ポイントをレビューしてみましょう。

場所は渋谷の ON AIR WEST。ついに、あのメンバーを直接見られる!&演奏を聴ける!という思いを胸にワクワクしながら待っていると、ローディーによる楽器の音合わせが始まりました。と思ったら、
・・・・・・・って、本人じゃん。
化粧も衣装も全部終えたメンバーが、それぞれ自分の楽器の音合わせを、自らやってました。いいですねー、この自主制作感。微笑ましい光景を見てさらに親近感アーップ! メンバーがいったんステージから去り、さぁ、いよいよ始まり!
暗いステージで、いきなりハイテンポのドラムとベースが炸裂、「火車の轍」でステージが始まりました。私も初っ端からもう全開です。メンバーの演奏姿を見るのと、黒猫サマの唄を聴くのと、黒猫サマを見てハァハァするのと、頭を振るのと、腕を振るのとで、忙しい忙しい。今でも覚えていますが、ステージ全体から迸る(ほとばしる)「気」が、自分の DNAとシンクロしていました。ほんと、同行したC嬢、こんなイイもの教えてくれてありがとうです。
そして数曲進み、初めて体験する陰陽座の生MC。保健の黒猫先生は健在。「すごい人だけど、(押されて)プチっとなる前に、つぶされそうです、と先生に報告してね」と黒猫先生。続いてギター招鬼氏の体重ネタ(この頃はツアーに出ると太り続けていたらしい)をひとしきり。そして「てなこともふまえまして」と瞬火兄上の絶妙な(?)振りから、スローで重い「土蜘蛛忌譚」へ。このMCと演奏のギャップが陰陽座の魅力の一つでもあります。黒猫さまのしっとりと聴かせるバラード「月姫」が終わったところで再度MCで、恒例の(?)物販コーナー。
瞬火兄上から、パンフレットの宣伝の後に、「前回作った巾着袋が、微妙な大きさでCDが入らない、と好評だったため、今回はちょうどCDが入る大きさになって新登場だー!」 会場は大盛り上がり。そして、「バラは誰かが駄々余りになって、メンバーの仲が悪くなる」携帯ストラップとキーホルダーの紹介。そして、「ストラップが駄々余りの斗羅です」と自己紹介した斗羅氏からTシャツの紹介。最後に再び瞬火兄上から「前回売切れが出て、凄く文句を言われて、『たくさん作って下さい』と言うから、たくさん作ったら、たくさん余っているのですが、これはいったいどういう事だぁぁ!! というような思いを込めて次の曲、聴いて下さい」というフリで「百の鬼が夜を行く」へ。
MC明けの曲のイントロで招鬼氏がミスったのを乗り越え、ステージは進みます。ここで黒猫さまの唄、語りが鬼気迫る『奇子』。鳥肌が立ちました。この曲は、手塚治虫氏原作の漫画「奇子」を題材にして、人間の保身、狂気、切なさが唄われています。圧巻でした。
そして再びMC。わくわく。どうやらツアー恒例らしい「祟りのコーナー」。メンバーそれぞれが最近あった祟りを自己申告するコーナーです。斗羅氏の祟りは「ストラップが1番売れてないこと」だそうです。そして「祟りを忍法で吹き飛ばそう!」というフリで「陽炎忍法帖」へ。
数曲進んだところで瞬火兄上が「今日の私は真っ赤に燃えて、『シャア専用』だぜー(衣装が赤かった)。今日の私は3倍アレです。ザクとは違うことを証明しようぜー」と、一部のマニアしかわからないようなフリで次の曲へ。
そしてラストの曲では客席との掛け合いがあるのですが、「2階の人のノリが悪いのは気のせいかなー、それとも関係者かなー、関係者でもいいから魂の声を聞かせてくれー」と関係者イジリをしていました。
ラストの曲が終わって、当然アンコールの嵐。結局3回アンコールをやってくれました。再び出てきたメンバーがそれぞれを紹介。瞬火氏と招鬼氏は本当の兄弟なのですが、「ネタだと思って誰も信じてくれない」らしく、「カモン、瞬火お兄ちゃーん」と呼び出していました。
そして最後のアンコール。「三度のお呼び出し有難う御座いまーす」と瞬火氏が言ったところで、客席から「やってくんなきゃ終われないんだって!」との声。瞬火氏は「やってほしいのがコレかどうかよくわかんないけど、とにかく魂の綱引き行くぞー!」ということで、最後の「がいながてや」で「おおいちにぃのさんよいどぉ!」と叫びながら、客席と一体になったステージは終了。メンバーも客席も笑顔、笑顔の大満足。
初の陰陽座ライブは、曲も演奏もステージングもMCも大満足、予想していた通り、私が求めていた通りの姿でした。そしてこの後、綿々と続く式神への入口となった記念すべき日でした。
「ばいーにゃら!」という黒猫さまのお別れの言葉を後に会場を出て、しばし腹ごしらえ。ライブの余韻に浸りながらC嬢と渋谷駅に向かいます。ん?そう言えば、この辺は渋谷円山町。
元上司と女子社員が、この時間に二人でそこを歩くのはまずいだろっ。
完。
2002年8月17日「彼の岸喚ぶは夏狂言」セットリスト:
1 火車の轍
2 百々目鬼
3 空蝉忍法帖
4 煌
5 土蜘蛛忌譚
6 月姫
7 百の鬼が夜を行く
8 奇子
9 陽炎忍法帖
10 月に叢雲花に風
11 浸食輪廻
12 羅刹
13 おらびなはい
14 蟒蛇万歳(アンコール1)
15 式を駆る者(アンコール1)
16 亥の子唄(アンコール2)
17 がいながてや(アンコール3)
2004.09.21 01:21 | 陰陽座 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月17日(金)
陰陽座・プロローグ
さて、ライブレビューも少し時代が飛んで、時は 2002年、ついに陰陽座の時代に入ります。と、レビューの前に陰陽座との出会いの経緯はというと・・・
2002年の 7月くらいだったと思います。当時はマシンガー(SEX MACHINEGUNSのファンのこと)だった私ですが、ある日、会社で 別のフロアのC嬢とメッセンジャーをやっていました(昼休みですよ!昼休み(笑))。
C嬢「この間、特撮のライブに行ったんですけど」
め 「おおー、特撮いいねー」
C嬢「そこに陰陽座の黒猫さんっていう人がゲストでセッションやってたんですけど、これがチョーすごいんですよ。鳥肌立っちゃいました」
め 「え、メタルなの?」
C嬢「はい、妖怪らしいです。陰陽座でググればすぐわかると思います。」
め 「よっしゃ、ググってみる」
C嬢「おまけに巨乳なんです」
め (女性の君がそれを言うか・・・)
(注:多少脚色あるかも)
そして次の日。
め 「妖怪ヘビーメタル・陰陽座、チョーサイコー。通販でビデオ申し込んだ」
C嬢「は、はやっ!」
※この時買ったビデオがコレ。このビデオが収録されたのは「目黒ライブステーション」というライブハウス。後に、巡りめぐって、この目黒ライブステーションにあるアーティストのライブを見に行くことになるとは、この時予想だにしていなかった・・・
そしてビデオが届き・・・1曲目で完全ノックアウト。私が求めていた何かがそこにあった・・・私の中の DNAのスイッチが音を立てて入るのがわかりました。式神(陰陽座のファンのこと)への道まっしぐらです。
そしてまた次の日。
め 「陰陽座、もーサイコー。ライブ行きてー!」
C嬢「8月にライブあるみたいですよ。行きます?」
め 「行くぞ行くぞ!」
C嬢「チケット、いくらでも手に入るみたいです。買っておきますね」
(※この時、チケットの枚数制限はなかった)
ということで、C嬢に連れられ、陰陽座との直接の出会いが、運命の 2002年8月17日についに実現するのでした・・・(つづく)
2004.09.17 00:46 | 陰陽座 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月15日(水)
1999年7月31日 GLAY
次にご紹介するのは、伝説(?)となった GLAYの 20万人ライブです。GLAYは本職系統ではない(曲もあまり知らない)のですが、さすがにこれだけ話題性のあるライブは行ってみたい!と、思い切って行ってみました(1999年7月31日)。

「GLAY EXPO '99 SURVIVAL」というタイトルがついている通り、全てがサバイバルでした・・・でも、本当に楽しかったです。まず、会場にたどり着くのに一苦労。開演は午後4時30分でしたが、混雑を見越して午後2時には会場につくようにしていました。とりあえず、会場まではスムーズに着いたものの、既に、EXPO(色々展示されている会場)に入るのに気が遠くなるような長蛇の列。真夏のカンカン照りの状態で、1時間は並んだと思います。が、ライブにたどり着けなくなる可能性も出てきたので、EXPO会場はあきらめて、ライブ会場に向かいました。それが午後3時頃。と、周りの人たちも同じ考えのようで、続々とライブ会場に向かっています・・・どう表現したらいいでしょう、広い幕張メッセの通路がギッシリ人で埋まり、ゆっくりゆっくり集団で移動するのはすごい光景でした。しかも、屋内を通る場所があったのですが、そこではあきらかに酸素が足りてません。人大杉です。明らかに酸欠です。Ⅹのライブに続いてまたも酸欠か・・・気が遠くなりそう・・・と思った時、ようやく屋外に出られました。はー、死ぬかと思った。そんなこんなでやっと会場にたどり着いたのは午後4時。会場はこれまで見たことのない大量のお客さん。こりゃーすごいな・・・
で、ライブ開始。知らない曲が多かったものの、さすがに楽しかったです。何より楽しいと思ったのは、やっているメンバーが「楽しい!」と思っているのが伝わってくるところでした。私のお気に入りだった JIROは「バンドやってて良かったー!」と叫ぶくらいで、有名も有名なあの GLAYですが、何か彼らの姿に、バンドやるのが好きで好きでたまらない!と思っているアマチュアバンドの姿にも見えて、グッとくるものがありました。これなら、これだけファンの心をつかむのも納得できるなぁ、と思いました。この日のライブの様子は DVDとしても発売されています(当然買いました)。
さて、楽しいライブも終わり、帰るのがさらに一苦労。あまりに人が多いく、一度に駅に向かうとパニックになるので、ブロックごとに「次はB-2ブロック出てくださーい」とアナウンスがあるのですが、お客さんはみんなちゃんとそれに従って呼ばれるのを待っています。呼び出し順はランダムなのですが、隣のブロックが呼ばれると、その隣のまだ残っているブロックの人たちが拍手をしたりして、最後まで楽しんでいました。
これだけのサバイバルライブに参加すると、お客さん同士がそれを共にした一体感がなんとなく生まれているようで、一緒にこのライブを成し遂げた、という感覚にもなりました。色々な意味で記憶に残るいいライブでした。
それだけの人の心をつかんでいる GLAY、さすがだな、と思いました。
2004.09.15 00:57 | 音楽 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月13日(月)
1988年 「X」
さて、これからしばらく、これまでに行ったライブの思い出を書いていきたいと思います。昔のことはさすがに全部は思い出せないので抜粋で。


これは、1988年(16年前!)に行った「X」のライブのチケットです。声を大にして言いたいのですが、これは「X JAPAN」ではありません。「X」です! メジャーに行って堕落する前の「X」です。この頃は、Xと FLATBACKERにハマっていました。
FLATBACKERは、ハードコアメタルとパンクを融合した当時画期的な音を作っていました。気合入ってました。ライブでは、曲、ステージングはもちろん、シャベリもなかなかで、当時は 50人くらいしかお客さんがいない状態でしたが、あまりに寂しかったのか、ボーカルの MASAKIが、デス声で「お前らー、今度は友達も連れて来いー、ついでに親戚も連れて来いー」と言って爆笑したのを覚えています。
さてXですが、この頃のXは暴れまくりです。会場は 100人くらいしか入らない小さな会場で、ステージも高くなく、本当に1メートル先にメンバーがいて演奏していました。YOSHIKIはライブ中ずっとタバコを吸ってるし、演奏はとにかく凶暴、お客さんも凶暴だったりしました。それくらい小さな場所なので、時間が経つと、お客さんの暴れっぷりのせいもあって、会場は酸欠状態になってきます。その状態で、YOSHIKIがボンベを持って客席に乱入、二酸化炭素をブチマケ始めます。おーい、ただでさえ酸欠状態なのに、二酸化炭素まくのかよ! てゆーか、なんか息が苦しいんだけど・・・その状態の中、あなたは BPM200 でツーバス踏みますか、そうですか。あ、だんだん目がかすんで・・・という風に、死ぬかと思いました。
この頃の、完全インディーズでやり放題だったXが、一番好きでした。メジャーに行ってすぐの頃は昔と同じだったのですが、Endless Rainあたりからなんだか雲行きが怪しくなってきて、バラードをお客さんと一緒に歌うわ、髪は立てなくなるわ、化粧は薄くなるわ、バラードたくさん作るわ、ライブビデオは全部アフレコだわ、メタルとして一番やってはいけない路線にどっぷりハマって行く姿がなんとも言えず寂しかったことを覚えています。
そうこうしているうちにメンバーチェンジして「X JAPAN」に名前を変えたあたりから、全く聴かなくなりました。ジャパメタ時代はそれからしばらく間があいて、次にやっと出ました、SEX MACHINEGUNS! マシンガンズは残念ながら生のライブには行ったことがないのですが、前にも書きましたが、今、スピードスター・サイパン・ジョーが復帰した第4期で、いつかは行こうと思っています。
懐かしき「X」。私の中では、いつまでもインディーズの「X」の姿のままです。
2004.09.13 22:57 | 音楽 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月 8日(水)
長かった・・・
伝説になりそこねました。
次はプライベートで伝説を目指します(こりないヤツ)。
2004.09.08 01:19 | 日記 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年9月 5日(日)
新PCを画策
すっかり久しぶりの更新になってしまいました。
さて、先週、会社から報奨金をゲットしました! 今年の3月に会社に特許案を提出して、出願依頼が完了していたのですが、その特許出願に対する報奨金です。本当はその特許で 28億円くらいもらえるはずなのですが、まぁ、とりあえずは、○万円でいいかな、と思っております。
で、かねてから、自宅PCのあまりの遅さ(PenIII 866MHz。4世代くらい前_| ̄|○)をなんとかしたいと思っていたので、これを元手に一気に最新型へ!計画を立て、必要書類を揃えました(稟議制度参照)。
自前の出資金額は少なかったものの、あまりの惨状を理解してもらえたのか、一発稟議承認! やっほー。ついでに、ボーナス返しの条件付ではありますが、プラス液晶モニター購入も承認!(今どき 17インチCRTです)。これでしばらくは快適なPCライフが送れそうです。パワーの要る音楽、映像系作業もこれでサクサク♪ 狙いはほぼ定めてありますが、後はキャンペーンの中身を良く考えて、行くときはズバッと行こうと思います。
という状況で、今日、2時間かけてデフラグかけている私って・・・_| ̄|○
2004.09.05 23:52 | 日記 | この記事 | コメント (0) | トラックバック (0)



